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大阪の今を紹介! OSAKA 文化力|関西・大阪21世紀協会

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ドンブリ1杯の小宇宙を 世界に誇る日本の食文化 鶴麺 TSURUMEN 大西 益央 Masuo Onishi

PROFILE

    大西 益央 Masuo Onishi

  • 5年間で、ラーメン店「鶴麺」・「らぁ麺Cliff」を超人気店に育て、多くのテレビ番組、新聞、雑誌などに取り上げられる。

    2014年2月、ハワイ進出。1号店をオープン。

    2015年6月、「らぁ麺Cliff」を「TSURUMEN Oriental noodle」としてリニューアルオープン。

    (株)オリエンタル・ヌードル&ORIENTAL NOODLE INC.代表取締役

SHOP INFORMATION

鶴麺

鶴麺

【住所】
〒538-0053
大阪府大阪市鶴見区鶴見5-1-9
【営業時間】
11:00 - 15:00、18:00 - 1:00
【電話番号】06-6939-2126
【定休日】定休日無し

TSURUMEN Oriental noodle

TSURUMEN Oriental noodle

【住所】
〒534-0025
大阪府大阪市都島区片町1-9-34
【営業時間】
11:00-15:00、17:30-22:00
【電話番号】06-6881-0755
【定休日】定休日無し

鶴麺 Tsurumen Hawaii

鶴麺 Tsurumen Hawaii

【住所】
1006 Kapahulu Avenue,
ホノルル 96816
【営業時間】
11:00-15:00、17:00-21:00
【電話番号】
+1 808-225-5699
【定休日】月曜定休

第39話 ラーメンの想い出

 大阪で生まれ育ち、そして2007年にラーメン店をオープンした僕は現在39歳です。ラーメン店をオープンするに至るまで、様々なラーメンと出会い、たくさんのラーメンの想い出があります。


 一番古い記憶は、小学生になる前に祖父に連れて行ってもらったデパートの食堂で食べたラーメンです。両親の話では、僕はすごくラーメン好きで、よく祖父にリクエストをしていたようです。


 小学生になった頃に大阪で流行ったのが「ライト豚骨」系のラーメンです。このラーメンは博多系の豚骨ラーメンとは異なり、麺も細くなく、脂の多いチャーシューがのったラーメンです。にんにくを必ず入れて食べていたので「にんにくラーメン」と呼んでいました。
深夜に帰宅する父親におねだりして、ラーメンを持ち帰ってもらい食べた味は強烈に記憶に残っています。


 時は過ぎ、中学生になった僕は塾の帰りにお小遣いでラーメンを食べるようになりました。その時に出会ったラーメンが僕の人生を変えたように思います。
今はもうない「満州そば」というお店です。そこで出会ったラーメンは韓国の調味料「コチュジャン」入りの濃厚なスープでした。


 そのラーメンは、冷めるとスープの表面に油膜ができるほど濃厚です。店内はものすごく汚く薄暗いのですが、夜になると大勢のお客さんがその味を求めて集まっていました。残念ながら立ち退きになり閉店しましたが、その後の店主の居所を知人に聞くと、今は北海道で陶芸家になっているとのことでした。すごく素敵な人生だなと思いました。



「カドヤ食堂との出会い」


 大人になった僕は、また自分のラーメン感を変えるラーメンと出会います。


 若かったころは、濃厚な豚骨ラーメンや背脂醤油ラーメンのようなこってりしたものを好んで食べていました。そんな僕の価値観を変えたラーメンが、カドヤ食堂の「中華そば」でした。スープは透き通っていますが、しっかりと鶏や豚や魚介類の味が主張したキレのあるもので、麺は自家製のしなやかなストレート麺、そしてチャーシューもトロトロではなく、豚の旨味を感じられるしっかりもちもちとしたラーメンでした。


 そこから僕はこってりではなく、王道の醤油ラーメンの虜になりました。
そしてラーメン職人になる決意をしました。ラーメン屋さんで修行も積まずにオープンした僕は、開業後もラーメンの勉強は続けました。関西だけではなく、関東へも王道醤油ラーメンを求めて食べ歩きに出かけました。




そこで出会ったのが、「支那そばや」故 佐野実氏です。佐野氏のラーメンは、本当に衝撃でした。スープの食材として使う鶏として開発された「山水地鶏」や、国産小麦粉とセモリナ粉で打つ麺など、食材にとことんこだわるラーメンでした。食材の鬼と呼ばれた佐野氏は、残念ながら3年前に亡くなられたのですが、光栄なことに僕は5回も一緒に食事をさせていただいたことがあり、そうした機会を通して、ラーメンに対する熱い思いはしっかりと受けとめることができました。


 幼い頃に食べたラーメンの想い出、そして人生を変えたカドヤ食堂の中華そばとの出会い、そして、ラーメン職人として一番影響を受けた「支那そばや」故 佐野実氏との出会い。こうした出会いが、僕の青春であり、僕のラーメン人生なのです。




 ラーメン職人として生きて行く僕にとって、この出会いがなければ今日はなかったと思います。故 佐野実氏は病室で、弟子が作ったラーメンをすすったそうです。


「最後の晩餐に食べたいのはラーメン!」
そう言われるラーメンを作りたい。それが僕の夢です。
死ぬまでラーメンを追求し続け、究極のラーメンづくりに人生を賭けたいと思っています。




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